2011/09/04

ふれあいサロン及びその他の団体の紹介 (玉川学園地区社協協賛団体紹介)

玉川学園地区社協のネットワークに参加され
活動されている団体を順次紹介させて頂きます。

「2011年3月に玉川学園地区の新聞折込を通して
(朝日、読売、毎日、日経新聞)
すでに皆様方へはお届けしている内容です。」

尚、ご紹介する団体にご興味のある方、または参加してみようと
お考えの方は、玉川学園地区社協事務所までFAXまたは電話
(毎週火曜日、水曜日、木曜日の10時から4時まで)でその旨
連絡をお願いいたします。
メールでの問い合わせでも結構です。

玉川学園地区社協事務所 電話&Fax 042-850-9908
Mail Address : mtgshakyo@gmail.com


毎月定例的に会合をしていますので
興味のある方はご参加ください。

1. ふれあいサロン花紬

古布でリメイク・折り紙で花を折るなど土曜日の午後
活動を行っています。
場所:ギャラリー花紬 (玉川学園4−20−7)
活動時間;土曜日 午後1時半〜4時



2.チャキチャキふれあいサロン 


近所の方とお話しできる場があればとの思いから
サロンを始めました。
サロンを通して地域の人たちとおしゃべりをしたり、
特技や趣味を生かし楽しめるふれあいの場としたいと考えています。

お茶を飲みながらおしゃべりを楽しみませんか!!


場所:こすもす会館
活動日はお問い合わせ願います。


3.その他協賛団体


1)玉川学園地区町内会自治会連合会


玉川学園町内会・第1住宅自治会・興人自治会・
松風台自治会・桜ヶ丘自治会・東玉川学園睦会

2)民生児童委員


民生児童委員の方々の役割は「援助を必要とする人が、
その能力に応じて自立した生活ができるように
相談に乗ったりサービスの利用を支援したりする」ことです。
玉川学園地区にお住まいの皆様方のお近くの民生委員の方に、
介護のこと、経済的なことなど何でも構いません。
どうぞ気軽に声をかけてみて下さい。
町田市2010年9月発行「福祉の手引きより」





介護家族を地域で支える会の紹介(玉川学園地区社協協賛団体紹介6)

玉川学園地区社協のネットワークに参加され
活動されている団体を順次紹介させて頂きます。

「2011年3月に玉川学園地区の新聞折込を通して
(朝日、読売、毎日、日経新聞)
すでに皆様方へはお届けしている内容です。」

尚、ご紹介する団体にご興味のある方、または参加してみようと
お考えの方は、玉川学園地区社協事務所までFAXまたは電話
(毎週火曜日、水曜日、木曜日の10時から4時まで)でその旨
連絡をお願いいたします。
メールでの問い合わせでも結構です。

玉川学園地区社協事務所 電話&Fax 042-850-9908
Mail Address : mtgshakyo@gmail.com

毎月定例的に会合をしていますので
興味のある方はご参加ください。

1. わあくす 「介護家族を支える会」


介護者が集う(出会い)、日ごろの想いを話し合う(共感)
情報の交換(共に学ぶ)、仲間作りを始める(支え合う)
介護を終えた仲間たちは思います・・・
気持ちよく介護ができるように、介護者同士が悩みを打ち明けたり、
共感したり、介護の様々な情報を共有できたら・・・
と、心を休め肩の力を抜いて笑顔を取り戻そう。
そんなサロンが近くにあったらいいなと思います。
みんなあなたと同じ思いをしています。
そんなサロンを目指しているハウスがすぐそばにあります。
「わあくす」へおいで下さい。仲間を見つけませんか・・・

〜〜〜 地域セミナーの開催 〜〜〜


介護保険制度について・予防介護とは・認知症について
介護施設の選び方など毎月セミナーを開催しています。


〜〜〜 サークル活動 〜〜〜

地位のボランティアの方々と一緒に、縫い物・麻雀・囲碁・
習字・編み物など、介護疲れの解消のため皆さん楽しまれています。

〜〜〜 介護者の会 〜〜〜

現介護者同士で、気持ちを自由に心を開いてお話をする会です。
サポーター研修終了者のアドバイスも受けられます。

是非「わあくす」へお越し下さい。介護を終えた仲間たちもお待ちしています。






2011/08/24

あこがれの [Route 66] の旅 vol.3 イリノイ州篇

  イリノイ州の州都であるSpringfieldに到着。

右:リンカーンの家       左:リンカーンの墓

 Springfield には
南北戦争時の大統領リンカーンの家とお墓がある。
ご存知の方も多いだろうが
リンカーンはケンタッキー州の丸太小屋で生まれ
その後、Chicago で弁護士になり
この地に住居を構え弁護士事務所を始めた。
その後、イリノイ州議員になり、大統領戦に挑戦。
見事、大統領となってこの駅から 
Wasington DC へ汽車で出発していった。
Spring fieldの駅
限られた時間の中で、この町を散策。
古い町並みを残しながらも
少しずつ表情を変えていく町の様子が垣間みれる。
残された旧議事堂。
リンカーンもこの議事堂で議員としての
一歩を踏み出したのだろうか…

右:旧議事堂         左:現在の議事堂

想い出の曲「Get your Kicks on Route 66」を聞きながら
  [Historic Route 66] を走り続ける。

それにしても、この辺りの道。
現行のアメリカの道に比べてとても狭い。
大型トラックが走ったか定かではないが
トラックがすれ違うのは
至難の業だっただろうなぁ〜。

さぁ、旅は
ミズーリ州St Louiseに向かう。

2011/08/22

あこがれの [Route 66] の旅 vol.2 イリノイ州篇

 [Route 66] のスタート地点は
ミシガン湖のほとり
イリノイ州Chicago Down Town 、Adams St。

残念なことに、1977年に
Chicago Down Townにあった
 [Route 66]の 標識が取り外されてしまったが…
私たちの[Route 66]の旅は
間違いなく、その地点から始まった。

現在 [Route 66] は
その歴史的な名前を消し
Interstate 55、44、40、15、10号線に組み込まれている。

が…
そこはさすが「Mother road」
アメリカ人の郷愁と共に
[ Historic Route 66] と標識を変え
Interstate沿いにその面影を残している。
さぁ〜いよいよ古き良きアメリカの旅へ出発!

Chicago Down Townから南西に
[Historic Route 66] の標識を追いながら
ドライブしていくと
最初の大きい町、Joliet に到着。
途中でクラシックカーに出会い
さすが[Route 66]夫婦でテンションがあがる!!
 
 さらに進んでゆくと
今は廃道となってしまったオリジナルの[Route 66]を発見。
一抹の寂しさを覚えながらも
現行の[Historic Route 66]を進む…
 左:オリジナルの[Route 66]   右:[Historic Route 66]

シカゴを出発して3時間、大都市Bloomington に到着。
Bloomington は日本企業が多く進出していて、多くの日本人が暮らす町。
さらにイリノイ大学、大規模なアウトレットもあるような大きな町だった。


とは言え…
Bloomingtonに入る前後
道沿いに見えるのは
2、3軒の家。
ポツーンと立つコーンの積み出しタワー。
アメリカの広さを改めて感じる瞬間ばかり。


「この町の人々の仕事は?買い物は?」など
道沿いに暮らす人たちの生活を考えながら
 [Historic Route 66] の標識を追い
Mclean、Atlanta などを走り抜けたが

まだまだ旅は始まったばかり。
イリノイ州はまだ続く…

2011/08/21

あこがれの [ Route 66]の旅 vol.1

 かれこれ数十年前、高校生の時に
毎週土曜日だったと思うが
アメリカのTVドラマ[Route 66]の放送がスタートした。

         
 まだアメリカの町や生活を知るチャンスの少なかった時代。
二人の若者が新車のコルベット(オープンカー)に乗ってアメリカを横断。
道中で繰り広げる物語や雄大な景色
町の様子や人々の生活に憧れをもって観ていた。

それから数十年経て 
仕事の関係でアメリカに駐在する機会を与えられ
[Route 66] は「Mother Road」 と呼ばる
アメリカ最初のハイウエイであること
多くのアメリカ人も特別な想いをいだいていることを知り
高校生だった自分が憧れたアメリカ[Route 66]を
いつの日か走破するぞ!と心に決めた。

  最初の駐在地ミシガン州Detroit から
2つめの駐在地ウィスコンシン州Janseville (シカゴから100mile北)
に引っ越した際
まさに、チャンス到来!!

1998年の夏休み。
妻を助手席に乗せて
高校時代からの憧れ  [Route 66] ChicagoーLos Angels
約2400マイル(3800Km) の旅が実現した。
残念ながら、コルベットではなかったけどね(笑)
  
10日間の強行旅。
先を急ぐ旅になってしまったことで
大事なところを見逃してしまったところもあるが
夫婦で旅した [Route 66]を振り返ってみようと思う。


後日談になるが…
先日、[Route 66]のDVDを手に入れ
郷愁に浸りながら観てみたところ
このドラマは[Route 66]沿いの町で
繰り広げられたドラマではないことが今更、判った。

まっ、若さゆえの勘違いってことで(笑)